【本拠地】広島県山県郡北広島町苅屋形
【結成】明治10年(1877年)
【前身】苅屋形神楽連中

【紹介】
 苅屋形神楽団は、明治10年頃、広島県の北西部に位置する北広島町苅屋形地区に、同地区及び周辺地区の有志の尽力により「苅屋形神楽連中」として創設された。
 神楽の形式は、石見神楽邑智系を原型とした優雅で重厚な、いわゆる六調子舞が、独自に変化し発展したものである。
 先人達の遺産である旧来からの儀式舞や能式舞について、舞法や奏楽の基本的な原理・原則を踏まえつつ、技術の習得に日々精進している。また、最近では、一部の曲目に浜田八調子舞を取り入れて、新たな舞法や奏楽などにも挑戦している。
 当神楽団の由来書には、明治中期から大正初期にかけて、神楽の技能及び衣装などの一層の発展により、各方面に名声を博して、一時は奥山県の代表的神楽連中とまで呼ばれ、また、大正天皇の御即位の御大典の祝賀行事などで、山県郡内外から数多く招請されて神楽を奉納したことが記載されており、当時は、相当に活躍をしていたものと推察される。
(引用:http://www2s.biglobe.ne.jp/~t-sato/kariyakata.html)
【YouTube動画】
 https://www.youtube.com/watch?v=P76uq-E9PF0(塵倫 2006.6.1)
 https://www.youtube.com/watch?v=1rKpf2wiq0A(八岐大蛇 2013)